アマラとカマラと谷口雅春

 光明思想普及会発行の『行』は『いのち』の後継誌。総合雑誌風の体裁から、谷口雅春個人雑誌へと衣替へし、分量も薄くなった。
 昭和16年8月号は結核予防特集号で、3月に神田結核予防会講堂で行はれた座談会が収録されてゐる。出席者は厚生省結核予防課長・医博の勝俣稔、結核予防会総務課長・医博の齋藤俊雄、谷口、貴族院議員の秋田重季、同じく高見之通、大日本医道研究会長・医博の脇田政孝、同会幹事・ドクトル秀吉魁。
 谷口「生命の全機について」によれば、生長の家は決して精神力だけで結核を治さうといふのではない。

勝俣博士などは生長の家といふものは、薬などみんな捨てゝしまつて、血を喀きながらでも働いてさうして治るといふやうな極端なことをする団体だ位に思つていらつしやつたらしいのであります。これは大変な誤解であります。

精神と物質と両方大事で、理想的な割合もある。

精神を七分強調し、物質即ち肉体の方は三分強調すれば、古事記に描かれてゐる伊邪那岐命の千五百産屋、伊邪那美命千頭の比率に合ふことになるのであります。

 議員にも理解者がゐて、橋田邦彦文相は『生命の実相』を読んでゐる。高見之通は「結核は必ず治る」といふ懸賞論文で最高賞を受賞してゐる。生長の家の関係者はみな、熱心に書きすぎて落選したが、精神と物質のバランスがよく書いてあったといふ。
 
 同じ号に谷口の「精神分析余録」がある。身近な見聞を記したもので、その中に「狼に育てられた子供」を紹介してゐる。『科学画報』の6月号に原田三夫が書いたもので、前年にアメリカのジング教授が発表したのが基になってゐる。
 ジング博士→原田三夫谷口雅春の順で伝はったことになる。アマラとカマラの話は日本では昭和30年頃から広まったとされてゐるから、これはだいぶ早い。今ではインチキだといふことになってゐるが、人は環境次第で善くも悪くもなる例証とされてきた。

環境が如何に人間に影響するかと云ふこと及び、肉食獣である狼と同様の食物をとりながら、人間の子が壊血病をも起さず、健全に(と云つても狼式に獰猛な四つ這ひ人種としてだが)育つてゐたかと云ふところに私は興味を以て読んだのである。

狼と一緒に生活してゐた期間は健康であつたのに、人間がこれを養育して人間としての食物を与へるやうになつてから、不健康になつて死んで了つたことなども注意すべき問題である。