窪田静太郎「一歩進んで云へば不道徳ではないか」

 続き。窪田静太郎は形式嫌ひ。貴族院では演壇に上るとき、途中にある玉座に拝礼する習慣があった。天皇がお出ましでない、誰も居ない椅子に礼をしてゐた。あるとき、勝田主計蔵相がそれをしなかった。それを三室戸敬光が叱責し、勝田を陳謝させたことがある。
 窪田はこのやうなことを、日本精神や愛国心の行き過ぎ、履き違へだと憂慮してゐる。

本居氏の云へる如く国学者と名乗る人々も多くは漢学儒教を本質とする者が、本居氏時代に多かった如く、今日でも多いようだ。大和魂とか日本精神と称賛し居るものの本質は儒教であったりする恐は甚多い。

 神道家も仏教者も日本精神を叫ぶが、いづれ儒教に毒されてゐる。
 窪田静太郎は仏教も嫌ひ。子供の頃に凄惨な地獄絵を見せられたことを根に持ってゐる。

之は方便で小乗説なり。仏の真意には非ずと云ふようなれど此く迄残忍な虚偽を並べて幼き生霊を苦めて置きながら是は方便であったなどとケロリとして居られるものか。人生に対し賠ふべからざる大罪を犯して来たものと云ふてよい。須く其罪を謝して教義の全部を投げ出すべき責任あるものと思ふ。又我国の歴史上に於て僧侶が宮中から民間にわたり悪事を為したる例は枚挙に遑あらず。かかる悪事を為すような人物を養成するは仏教の義其のものに大なる欠陥があるに相違ない。勿論善事を為したる僧侶もあらんされど我邦の歴史上では悪の方が遥かに大なりと信ず。

 仏教は分別もつかない子供のうちに恐怖を与へておいて、後から方便だと言ひ訳をする。どれだけ罪深いことか、まるで自覚がない。歴史上も仏教は神道を支配する凶逆思想を持ってゐた。

自分は諸所の神社に詣でた際神威に打たれ難有き徳を抱くに付けて不図思ひ出すことがある。是が若し衣を着た坊主が神前に奉仕して居たら如何であろうか。自分には到底夫を正視するに堪えない。神仏混淆禁止のお蔭でこうごうしき光景を拝し得るのは難有いことだと倩々御一新の難有さを感ずることである。

死は一生一度のことだから所謂凡人がいくら嘆き悲しみのた打ち廻った所で本人の苦痛も一時的のことだ。止むを得ざる宇宙の約束若は天命と見て経過するのが自然的の考へ方ではないか。唯此死の悲苦痛を除く為めに一生を浮世離れの生活をすることは本人から見ても他人から見ても価値の償はない暮し方ではないか。一歩進んで云へば不道徳ではないか。世間全体が苦しみて出来た物質を自分等は消費享益しながら之に加勢しないで自分の死ぬ時平気で死にたいと云ふことのみ考へて居ることは確に不道徳だとまで感ずるのである。

 仏教徒が、人間にはどうすることもできない死のことばかり考へて一生を過ごすのは、正しい生き方であらうか。しかも僧侶の生活は、一般社会が汗水垂らして働いた成果で成り立ってゐる。不道徳ではないかといふ。

 窪田は昭和21年に亡くなってゐる。終活とか神仏共存とか地獄の絵本とかが持て囃される時代に生まれなかったのは幸ひであったらう。