幸徳秋水も難波大助も祀るべし

 続き。何かと賑はってゐる神田明神。『革新』の無署名子が「珍学説 平将門を神に祭った話」で取り上げてゐる。

大義名分を八ヶましく云ふ日本国民が、逆賊平将門を、皇都の中央神田その他に、神として祭り上げられて居るのが分らぬとの質問があつたが、これは何人も一応起り来たる疑問だ。

生ける悪霊を善化すると同じく、死せる悪霊に対しても、また宗教的に済度し、これを封ずる意味の祭祀が日本に幾つもある。将門の神田明神も、大体かう考へてもよからうと思ふ。

 日本には、感謝すべきもの、不思議なものを祀るほかに、悪人、悪霊を祀る伝統があるといふ。

 人に絶対の善なく、又絶対の悪もなし、たゞその人々の種々なる因縁や、境遇や、動機によつて善人ともなり、又悪人ともなる悪人といへども、その悪中にも善あり、鼠小僧次郎吉や、石川五右門の如きは大盗は悪事を営みつゝある傍らには、又善事をもなして居た。

 人には絶対の善も絶対の悪もない。悪人を善人にすることもできる。それどころか、悪の力を善の力に転用することもできる。

 平の将門は我国上下三千年の歴史を通じて大逆の張本である蘇我馬子弓削道鏡は基よりだが足利尊氏や、幸徳秋水や、難波大助等に至つては、逆は則ち逆なりしと雖も、未だ非望を覬覦するまでに至らざりしと雖も、これ等の霊は、悉く悪鬼悪霊となつて、生生世世世道人心を賦害しつゝある論より証拠は、足利尊氏の如きは昨年の議壇に於いて、中島男を駆つて思想的に、また昨今の美濃部博士の如きも、詳細に検討し来たならば、必ずや或る者の系統を承継し居らざるを保し難し。

 大逆事件幸徳秋水虎ノ門事件の難波大助ら逆賊の霊は、悪鬼悪霊となって、現在も害を与へてゐる。美濃部達吉の言動も悪霊の仕業に違ひない。

 世人は大悪人と云へば、徹頭徹尾、大悪人視して、人間以外に放逐して顧みざるが為めに、彼等の霊は死後に至つても、自暴自棄して益々悪化する一方である。此の意味に於て、五右衛門、尊氏、幸徳、難波の如きは、宗教家としては、宜しく祭つてその霊を弔ふべき事である。

 珍重すべき「珍学説」に非ずや。





















































折口信夫保田與重郎研究の石川公弥子、世田谷区議選に出馬するも落選。非常勤の境遇を訴へ、小熊英二原武史が推薦しても及ばなかった。選挙ビラで保田を安田と誤記したのはどれ位影響しただらうか(敬称略)。