受刑者用の書籍寄贈運動

 刑務協会の『月刊刑政』昭和24年6月号は水守亀之助や玉川一郎伊福部隆彦も書いてゐて、肩の力を抜いて読める。
 詩人の竹下彦一が「愛書家」といふ随筆を書いてゐて、これがマニアぶりを告白してゐる。曰く「この頃のインクの匂いは鰯の匂いのようなのがあつて頭が痛くなる」「下手な古本屋よりも本の値段は明るくなる」「わざわざ高い電車賃を使つて出掛けたりしてかへつて近い所で買つた方が得であつた」
 それで受刑者の読書環境はといふと、巻末に「受刑者用の書籍寄贈運動」が呼びかけられてゐる。 

 全国一万五千の刑務官が一人五十冊を寄贈うけたら七十五万冊の本が刑務所に集められ、八時間労働で四時半頃舎房に入つて、雑談にふけつてゐる受刑者に、乾天の慈雨のように、彼等の心に大きいうるおいを与えるであろう。

刑務所では十万人の受刑者がおつて読む本がなくて困まつております、古い本、子供物、女物、その他読むのに適した物がありましたら、御寄付をお願いしますと挨拶すると、出来ることなら是非協力させていたゞきます御苦労様ですと、実に社会の人は温く迎えて同情してくれる。

 ジャンルに言及はなく、幅広く集めたやうだ。その一例が九段にあった、富国出版の小林社長。雑誌『少女世界』など軟らかさうな内容のものを出してゐるところだ。500から600冊もの協力を約束してくれたといふ美談になってゐる。
 でもこの富国出版、活動時期も短く、在庫整理だったのでは…と邪推してしまふ。

 この様子だと、折角納入された『教育勅語読本』も、戦後の世相に合致せずに廃棄されてしまったのであらう。