志賀直哉が出会った、下位春吉の教へ子

 『志賀直哉全集』の中に、一か所だけ下位春吉が出てくる。読んでみたら素敵に面白い。
 第20巻、昭和27年6月16日の手紙より。
 

旅では色々面白い事がある。ナポリの宿で出会つた米国人のガイドは下位春吉に日本語を習つたと却々よく話し、歌だの俳句など暗記自作の句などいつてゐた、右手がなく左手で書くのだが却々シツカリした漢字を書き、近頃の娘はケモノヘンになりましたなど洒落た事を云つてゐた。八ヶ国語出来バスでフランスその他何所でも案内人で歩いてゐる男だつた

 
 右手がないとなかなか就職も思ふに任せないだらうが、ガイドなら片手がなくても支障はない。
 下位がそこまで思ひ遣って日本語を教へたのだと夢想したい気持ちになる。
 洒落も如何にも下位が云ひさうだ。
 特に解説なしで下位の名が出てくるので、志賀も下位のことを知ってゐたのであらう。