内田良平「猫じや猫猫寝て暮らす」

 内田翁の『歌袋』が1000円だったのでつい買ってしまふ。国士で右翼の歌集なので身構へてしまふけれども、さう武張ったものではない。いはゆる箱根時代の病中詠なので気弱だったり、俗謡が多かったりする。
 猫の俗謡はかう。

 玉や玉吉お前はなぜに 眠つてばつかり居るのかい
  猫じや猫猫 寝て暮らす
 玉や玉吉鼠の音も 知らん顔して居るのかい
  猫じや猫猫 寝て暮らす
 咽喉を鳴らしてゴロゴロ云ふが 顔に表情持たぬ猫
  猫じや猫猫 寝て暮らす
 猫撫で声じやと云はるるけれど 愛想ないのが生れつき
  猫じや猫猫 寝て暮らす
 男なりやこそ喧嘩にや強い 顔は爪かた傷だらけ
  猫じや猫猫 にやんのことはない

 雄の玉吉といふのを飼って居たやうだ。
 緒言に「歌作の佳否の如きは問はんと欲する所でない」とあるやうに、巧拙よりも翁の暮らしぶりを見たい。

 病中詠には「吐血やみ今日はことさら静かにて庭に香れるばらの花見る」「病める身はいとゝ悔しき荒れ果てし庭に手入るゝこともならねば」「つれつれの病の床に猫と寝て猫歌作り独りほゝ笑む」。起き上がるのもままならず、猫と寝て歌を詠む日常だった。
 桜の歌も多い。「起臥しに読めりける桜の歌」は22首の連作。「咲いた咲いた咲いたとばかり桜花云ふより外に言の葉もなし」「花に異状あるやなしやとおき出でゝ先づ見るものは桜なりけり」など。詠み人を伏せたら、子供が詠んだのかと思ふくらゐの歌でほほゑましい。
 五七五七七になってゐないのもある。花期が遅れて、箱根では5月中旬にならないと盛りにならないであらうと人の言ふのを聞いて作った歌。
 

 花はおくれて私の春を待つて居るのか山桜