新居格「世界の第一流は第一流なんだから仕方がないのだ」

 新居格「私の生活と金」(『力之日本』昭和11年正月号)はすべて、新居が金がないのを嘆いた内容。他の頁では谷孫六が金儲けの仕方を教授したりしてゐるだけに、よけい対照的だ。そんな雑誌だからきっとあとで売ってしまったのだらう。

わたしも年を迎へて四十九歳、大学を出てから今日まで一日だつて物質的にゆつたりした感じを持つたことはない。尤もどこかに首尾よく勤続出来てゐたらこうも困りはしなからうが、何と云つても才なく、能なく、どだいがヤクザの生れなので職を失ふて以来十数年、云ひ換へれば定収入なき生活をすること十数年、元より恒産は愚か貯金の一銭もない身としてどうして豊かであり得やう。時に旧市内に出る僅少の電車賃がなく、止むなく古雑誌を一抱へ古本屋に運んで交通費に当てることも稀ではない。その度毎に、「いゝ年をして何たるざまだ」とも少々いやになる。だがいやになつたとてどうしやうもない。

 「一日だつて」「一銭も」といふのが誇張でも謙遜でもないと言ふ。

 わたしは心秘かに世界で第一流の人物と確信してゐる。だが、どうして世界の第一流の人物としての晶形をしないかと云ふに、さうなるためにはあまりにも貧乏であり、そのあまりにも貧乏であることが、世界の第一流を解消して仕舞ふのである。しかし、解消したとて、誰の目にも、恐らくは誰の目にも止まらなくとも世界の第一流は第一流なんだから仕方がないのだ。

 新居は語学力があり、最新の文学思潮を翻訳してゐるのも、このやうな気持ちを生んだのだらう。

月末に「待つて下さい」を云はず、丸善で或る程度の本が買へ、疲れを休める小旅行が出来ることと、散歩の時の僅少のお小遣いに事欠かなければ心身ともに裕かにならうものを、その吝臭い生活設計さへが、なし能はぬところを見ると、つまり貧乏なのである。

 尖端的な新居だけれども、どうも侠客に憧れて居たやうだ。

私は現代の侠客とは何ぞやと云ふことを考へてゐる。それはピンチバツタアだ。(略)そのときのバツトとは金である。少しの金を与へればうまく行く男がゐる。また堕落しずに済む若い女性もある。それを適切に救ひたいものだが、さう思ふわたしには金と云ふバツトがない。(略)だが、わが身一つが支へかねて、ピンチ・バツタア論でもないのだ。

 たまたま『文学時代』(新潮社、昭和4年6月号)を読んでゐたら、新居の論文『藝術とスピードの問題について」が載ってゐた。もう一つ、「文壇ニユウス」には、岩野泡鳴十周年追悼記念文藝講演会」といふ短文もあった。

四月五日夜、読売講堂で、開催され、非常に盛会であつた。演者は野口米次郎、高須芳次郎、加藤朝鳥、新居格、大月隆仗、岡本かの子。杉浦翠子の諸氏であつた。

 で全文。新居はかういふ人々と近かったのであらうか。