『東湖神社鎮座記念講演集 東湖先生を偲ふ』は昭和18年5月5日の講演会をまとめたもの。紀元二千六百年水戸市記念事業委員会発行。
東湖神社は常磐神社の摂社として創建され、水戸学者の藤田東湖を祀る。4日が鎮座祭で、5日が奉祝祭。
文部省図書監修官兼東京帝国大学講師の橋本成文、陸軍少将松室孝良、文学博士高須芳次郎が講師を務めた。時局柄、今こそ東湖の尊皇攘夷の予言が実現しつつあるといふ昂揚感にあふれてゐる。講演会の写真を見ると、会場中央に世界地図が掲げられてゐる。
橋本は東湖の「絶海遠洋の外、蛮夷戎狄の郷も、またまさに我が徳輝を慕ひ」といふのはマレーやジャワ、もっと遠くを指してゐると指摘。東湖がロンドンの城を圧倒したといふ夢の詩も紹介し、
九十八年前の夢が今日において実現し、大稜威のもと、皇軍の勇戦奮闘により、一挙にしてイギリスの東洋征覇百年の牙城たりし香港を屠り、シンガポールを覆滅し去つたことを思ひますと、いまこの詩に対して無量の感慨無きを得ないのであります。
松室は「東湖先生と米英撃滅」と題し、国民にアメリカを撃つ気持ちが十分発揮されてゐない、その理由は「今度の戦争を大東亜戦争といふ、この名前を付けたのが悪い」と語った。
日本はアメリカに上陸をして、ワシントン、ニユーヨークに迫つて、城下の盟をなさしめる。この決心、この覚悟がなければ本当に完勝することは出来ないのであります。然るに大東亜戦争といふから、日本はもう既に南方の諸地域を戡定してしまつた後は守ればいゝ、又は建設したらいゝ、大きな戦争はないんだらうと考へるのであります。
大東亜戦争といふと東アジアや南の地域を占領して満足してしまふが、それはよくない。今度の戦争は対米英であるので、アメリカに上陸して、勝利しなければならない。東湖先生の思ひを実行しなければならないと訴へる。