正岡容「フチなし眼鏡が大へんにエロで」

 鮫島純也の記事と同じ号の『実話雑誌』に、北村兼子の記事が出てゐる。「北村兼子 恋の走馬灯」を書いたのは、まだ草冠のついてゐる正岡蓉。北村と関係があったとされるのが服部嘉香・高尾楓蔭・椿三郎・瀧川幸辰・三上於菟吉…。これは北村を誹謗する為に流された噂だといふ人も居るけれども、火種の元になったのが「怪写真」。朝日の記者が、北村の花嫁姿の写真を持ってゐた。また瀧川との写真を自動カメラで写してゐる。実際に、三味線を弾く北村の後ろに寄り添ふ正岡の写真が掲載されてゐる。
 ある日の北村は、薄紫色の支那服で日傘をさして、正岡の野球試合にやってきた。

 あなたは六月の水蔡の如く鮮やかで、フチなし眼鏡が大へんにエロで、ユニホーム姿の私と寄り添つた所を、殊更その学生さんに撮らせたりしました。

と、ここでも写真を撮ってゐる。
 巷間噂された、北村と正岡との仲はどうだったのかといふと、

つまり、自殺といふやうな事件を、あなたと結び付けたゝめ、あなたと私は深い「恋」のやうにみられてゐましたが、かう手品のタネを開かせて了へば、それは、ある、ポイントへゆきさうで、おしまひまでゆけなかつたまゝ、醒めてしまつた「恋」なんですもの。
 考へると下らないものですね。

わざわざ「恋」と必ず括弧を付けてゐる。

 これは北村の没後に書かれたもので、「北村さん!冥途からこの地球まで、飛んで来られる飛行機があつたら、ぜひ/\操縦していらつしやい」と話しかけてゐる。