三島誠也「発売禁止処分になつた事実を以て、直ちに宣伝広告に利用せんとする」

 まだ続き。三島誠也内務省図書課長が「取締上より見た最近出版界の現状」を寄せてゐる。最初に禁止統計表を掲げて、昭和4年10月末から一年間について、出版法に依るもの、新聞紙法に依るもの、また安寧か風俗かなどを分析してゐる。
 しかし実は統計外の、謄写版による宣伝印刷物の禁止処分が激増し、昭和4年の693件から一年後は1208件と、倍近くになってゐる。ロシア革命共産党労働争議に関するものが主で、具体的には「反帝運動」「刷新ニュース」「無青年ニュース」「救援ニュース」など。「深刻な随分思ひきつた暴力行為を煽動したものなどがある」。

 新聞雑誌では「戦旗」「少年戦旗」「プロレタリア短歌」など芸術系が台頭してゐるが、共産党検挙により件数は減少した。 
 問題は風俗出版。

 出版業者が、発行の目的たる経済上の採算を取る為め、従来の如き投機的冒険的出版の政策を排して、禁止線下を彷徨する程度の内容を盛ることに腐心し、其の内容に於て相当の煽情的効果を挙げつゝ猶且つ制裁を免れることを企図するに至つた

 具体的には避妊や産児制限などの体裁にして、実際は卑猥な記事であるといふ。性慾専門雑誌の増加も顕著で、

動もすると発売禁止処分になつた事実を以て、直ちに宣伝広告に利用せんとする者がある。(略)尚近来地方小新聞羊頭狗肉的の誇大広告を掲げて地方人士を釣る通信販売方法に依る不良出版も相当増加の傾向にある。

 成田一郎社会局事務官「署長生活三年」で描かれるのは演説会の臨監の難しさ。演説会で不穏な言葉が出ると演説中止等を命じる仕事のこと。

第一に書類の検閲と違つて、一分間何百と云ふスピードで飛出す言葉に耳を傾け乍ら、即座に「中止」或は「注意」を命ぜねばならぬので、躊躇してゐたら「中止」や「注意」の機会を失つてしまふ。
 次に下手な弁士であると「中止」に好都合な言辞を弄するので、世話は要らぬが、場慣れのした上手な弁士になると、容易に言葉尻を摑ませない。危くなると、巧に話題を転じたり、直説話法を用ゐずに比喩的、暗示的な説明方法で、反つて効果的な主義宣伝を試みたりするので、仲々骨が折れる。

 発禁の時と同じく、警察の干渉が却って宣伝に利用されるといふ事態になってゐる。
 但し警察も負けてゐない。「駆出しの長髪弁士が、どうせ一分も演説させては呉れまいと、碌に準備もせずに登壇したのを、かまはずに放つて置いたら、口絶して演壇に立往生し、主義の宣伝どころか、聴衆に笑殺罵倒される」、また朝鮮人学生の演説会で、弁士がみな朝鮮語で演説し始めた。警察側もあらかじめ朝鮮語のわかる係員を連れて、中止や注意を命じた。
 
 それと短い雑報が何やら可笑しい。
「バスの供養 横浜市営バス三〇七八号は度々殺傷事件を起すので神主を招いて怨霊退散供養、こんな供養は始めて」
「罪な酌婦連 埼玉県川口町で支那そば屋が屋台を置いて一寸用達の留守中、近所の酌婦七八名が手当り次第にワンタン、シウマイを無銭で平げて逃走、検挙」