村井長正「こをどりしたるすっぱき思ひ」

 

 『歌集 仰瞻』は村井長正著、山田孔版印刷所発行、平成11年5月25日発行。非売品。189ページ。書名は表紙と背、扉のもの。奥付では『村井長正遺歌集 仰瞻』。ギョウセンと読む。仰ぎ見る、の意味。情報皆無の稀書。

 手元のものには村井和子夫人による印刷の謹呈箋、直筆の手紙付き。巻末に略年譜がある。村井長正は大正4年7月、金沢市生まれ。中学は長野、青森、水戸と移った。昭和7年9月の項は「回心(基督教)将来中国伝道を使命と思う」。学習院高校、東京帝大を経て昭和15年10月、東宮傅育官を拝命。21年4月、義宮傅育掛兼側近奉仕を命ぜらる。30年4月、国学院大学講師。31年4月、総理府事務官兼侍従に任ぜられる。40年3月宮内庁退官。平成9年5月29日死去。退官後は聖書や唐詩の会をしてゐた。

 和歌は昭和10年代から平成にわたる。植物や鳥が好きだったやうで、多く詠んでゐる。

駅前の鳩を抱へ持ち帰る

のろまなる性ありてこそ捕虜となる不覚は鳩にありもこそすれ

 あとで戻してゐるが、駅前から鳩を持ち帰ってしまってゐる。

 宮中や皇族のことも詠んでゐる。

東宮と捕虫網もてかうもりの群れ追ひかけし黴びたる御用邸

 東宮は皇太子のこと。現在の上皇陛下のことだらう。御用邸はカビが生えるほど老朽化し、蝙蝠も出た。しかも群れになるほど。一緒に蝙蝠を捕まえようと追ひかけたことを偲んでゐる。

シンガポール陥落」東宮さまと手をとりてこをどりしたるすっぱき思ひ

 シンガポール陥落は昭和17年2月。東宮と手を取って小躍りして喜んだ。キリスト教徒で伝道にも熱意を持ってゐた筈だが、大英帝国の敗北を喜んでゐる。後から回顧して、酸っぱい思いがすると表現してゐる。

 

千葉市美術館の新版画の展示。昨年からの巡回だが、千葉でしか見られない作品がある。バーサ・ラムとヘレン・ハイドの特集展示。2人ともアメリカ人女性。ヘレン・ハイドの描く子供が特に良かったが、図録に掲載されずグッズもなかった。展示室が分かりにくく、素通りする人も多いらしい。