頭山翁「坊主が政治家になるというような料簡は困りものじゃよ」

 『実録 文芸春秋時代』は山本初太郎著、原書房。1巻が昭和42年4月、2巻が同年5月刊。序はそれぞれ小島政二郎白井喬二

 文芸春秋社の社員の派閥争ひや出世競争、内紛、事件など内幕を暴いたものではなかった。予想とは違った。田舎の文学青年の著者が、原稿料を稼ぐために菊池寛を頼って上京。貧窮のなかで沢山の子供や家族のために借金や質屋通ひを繰り返して悪戦苦闘する自伝ものだ。交友や訪問先に、著名人が多数出てくる。その多くは借金の相談で、手紙や伝手を頼って、初対面でも訪問する。そのときの相手の印象や著者自身の心の動きなどが鮮明に描かれる。著者の無鉄砲ぶり、窮迫の様子などに惹きこまれる。

 山本初太郎は兵庫・小野で明治33年に生まれた。祖父は大国隆正門下、父は自転車屋。自身は小さな新聞を発行したり、名刺広告(本文中では名士広告)をとる仕事をしたりしてゐたやうだ。文芸春秋につながったきっかけは武者小路実篤で、原稿を見てもらひ、編集長の佐々木茂索に紹介してもらふ。

 処女作の「怒る貞操」を持ち込むが、すぐには掲載の可否もわからないし、原稿料ももらへない。借金の相談やそのほかの原稿を売り込むため、次々に名士を訪問してゆく。

 1巻10章のうちひとつは「偉大なる浪人王・頭山満と浴衣姿の晩秋の訪客」。着るものがないので、11月に浴衣姿で頭山邸を訪問した。

(すべて、ありのままだ。これ以外に、頭山先生のような、大人物にぶつかっていく、方法はない。それに自分は、なにもわるいことを、しているのじゃない。いくど考えても同じことだ。しかし、突然、こんな勝手をたのみにきたのだから、どんな大人物でも、迷惑は迷惑にちがいない)

 初太郎は、こう思うと、自然、襟を正さねばならないような気にもなっていた。……

 果たして頭山翁は借金に応じてくれるのか。山本初太郎は何を語ったのか。

 途中、政治の話になった。頭山翁は「じゃが、坊主が、政治家に、なるというような料簡は、困りものじゃよ」と、たしなめるやうに言った。初太郎も同意だった。

「政治家と宗教家とでは、同じ山頂をめざしていても、その歩調や、周辺への観察がちがいますからね。えてして、坊主の身で、代議士なぞに出ようというような連中のなかには、袈裟の誇りを借りて、人の信施を煩わしていながら、酒池肉林の栄耀に、ふけっておるようなのが、多いですからね…」 

二人の会談場所には、頭山翁の秘書役も同席してゐた。「洋服の巨漢」は、最後に藤本尚則だと名乗る。東京朝日新聞編集人で校閲部長も務めた人物。菊池寛のことも知ってゐた。三人でカレーライスを食べた。続く。