岩波茂雄「迷信の絶滅は焦眉の急務である」

 『科学ペン』三省堂発行、昭和11年11月号は第1巻第2号。迷信邪教批判特輯。

伊東忠太は方位家相について、森田正馬は宗教に関する迷信についての文章を寄せた。「迷信を斯く見る」と題したものは諸家からの短文回答。A 新聞雑誌の九星欄に対する感想 B 一般迷信に対する感想 についてのもの。

 九星といふのは一白、二黒、九紫などの種類を生まれ年に当てはめた占ひのやうなもの。科学的根拠はないが、民間で広く信じられた。回答者は71人に上り、11ページにわたる。Aの質問について、話の種になるとか、あえて禁止する必要はないなどの意見もあるが、多くは否定派。

 「言語道断です」(青野季吉)、「馬鹿々々しい限と考へます」(藤森成吉)、「よく恥かしくもなくアンなものが載せられるものだと思ひます」(荒畑寒村)と、コテンパンにやっつけてゐる。

 「少し高級な新聞雑誌には、そんなものは有りません」(戸波親平)、「社会の木鐸を以て任ずるものなるに、却つて大衆中の愚民の迷信に迎合して…国民教育上の罪人であらう」(高峰博)と、新聞が掲載することへの憤りも多い。

 岩波茂雄も熱のこもった一文を寄せてゐる。

私は真の宗教心に対しては敬虔の情を捧げるものであるが、現在の本願寺を始めとして多くの教会堂などがなくなつても寧ろ癩病絶滅の設備や肺患者の療養院の増設を希望するものである。

 現在の本願寺などは真の宗教とはいへない。そのやうな施設よりも、医療に役立つものを建てた方がよいといふ。 

今上陛下が生物学に御熱心であらせらるゝことは吾等景仰描[措]く能はざる所なるに為政家が科学の研究を重要視しないことは畏多いことである。科学的精確なる知識を普及し迷信やこれに類似せるものの絶滅をはかることは現下の日本国民に課せられた焦眉の急務である。これに努力することは国家に対して忠誠をつくす所以である。九星欄など科学的根拠のない限り即時廃すべきだ。

 九星欄の廃止といふ主張はほかの回答者と同じ。しかし岩波は、昭和天皇生物学者であることを理由に、科学的研究を重要視しない政治家を畏れ多いことだとしてゐる。迷信の絶滅も大御心に添ふものだといふ気負ひが感じられる。

 

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