寺田稲次郎「こんな世界から、一日も早く脱出しなければならない」

『荒野に骨を曝(さら)す』は杉森久英著、光文社、昭和59年1月発行。書名に添へられた歴史・ドキュメントノベルといふのは、実際の歴史に材を取った小説。目次には「英雄と好色」「革命家の息子」「千島探険の勇者」「爆破行」「荒野を駆ける」「国士への道」「馬賊一代」「大陸に命を賭けた男」とあるが、これだけでは千島探険以外、内容がよくわからない。8章はそれぞれ8人の人物を描いたもの。帯を見ればわかる。頭山満宮崎滔天、郡司成忠、横川省三、伊達順之助、寺田稲次郎、小日向白朗、小沢開作。

 帯の文句が熱い。

今よみがえる“勇者の時代……”

かつて日本に“男たち(These Brave Men)”がいた!

夕陽の大陸を舞台に荒野を疾駆(しっく)した熱血漢たちの群像

 装幀と本文カットは巌谷純介。カットは各章にあり、頭山翁の章は女性の日本髪、伊達順之助はこちらを向く銃口、小日向白朗のは馬の前脚など意匠を凝らしてゐる。

 8人のうち一番珍しいのは寺田稲次郎だらう。柔道で立身した大化会会員。カットが柔道の帯をデザインしたものになってゐる。

 福岡出身で、玄洋社の道場で柔道を習ってゐたが、玄洋社員ではない。かへって乱暴な社員を嫌ってゐた。海軍兵学校や朝鮮の体育協会で柔道を教へたが、いづれも皇族の女官の無礼や幹部との仲たがひで辞めてゐる。「彼はいつも何かにあこがれていて、それが実現するまでは、寝ても覚めても忘れられない男だった」。

 偶然知り合った岩田富美夫の大化会に住み込み、柔道を教へることになった。ここでも会員たちを幼稚だとか空威張りしてゐるだとか思ひ、嫌悪してゐる。

 彼らに比べれば岩田は一味違ひ、「人を威圧する動物電波のようなもの」を発散してゐたといふ。それでも岩田を全面的に褒めたりはしてゐない。むしろ恐ろしさや奇行が強調されてゐる。

 彼の笑顔は下品で、卑猥で、金にかけても女にかけても欲望の過多な、貪欲な性質を丸出しにしていたので、同じ右翼で口の悪い北一輝などは、アンコウというあだ名で呼んでいたが、事実、彼は底に不気味な妖気をたたえていて、一つまちがえれば人を殺すことなど、何とも思っていないというふうに見えた。

 玄洋社の道場でも大化会でも、周囲の乱暴者を嫌った。大杉栄の遺骨奪取事件で有名になってしまひ、ついに浪人の世界から抜け出せなくなってしまったといふ。いつも自分の境遇に満足してゐたわけではないといふところが興味深い。

――おれの志はもっと高いところにあったはずだ。こんな世界から、一日も早く脱出しなければならない。

 寺田はいつも、自分に向かってこのように呼びかけていた。

 ただしこの本は「歴史ドキュメント・ノベル」なので、どこまでが事実なのかはわからない。各章の末尾には参考文献が載ってゐる。『巨人頭山満翁』『玄洋社史』、『伊達順之助の歩める道』など。小沢開作の章では4冊も挙げてゐる。

 郡司成忠と寺田稲次郎の章だけ参考文献がない。寺田、小沢、小日向には直接会ひ、伊達は息子に会ってゐるので、寺田にも話を聞いたりりしたのかもしれない。あとがきで「みな面白い人たちだった」と言ってゐる。

 

 

・『税金で買った本』読む。図書館お仕事漫画。図書の弁償、修理、配架など図書館の裏側を描く。啓蒙的なことを謎解きや面白さを交えて描くところが光る。充電魔の話も本人の気づきで解決に向かふところがよい。描き下ろしの学校司書さんはもっと出てほしい。

 

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