『千楽集』は昭和16年4月発行の非売品。幕末の歌人、橘曙覧の連作「独楽吟」に倣って作られた。独楽吟は「たのしみは」で始まる和歌を並べたもので、後世にも読み継がれた。
同志らが集って、千楽会を組織。「人の世の悲みと、憎みと、怒りと、恨みとをしばし忘れて、事に触れ時に臨み、喜ぶべきこと楽むべきことどもを拾ひ上げ」、1000首集めて歌集にした。
有名無名、さまざまな人が加はってゐる。一人で何首も載せてゐるものや、同じ苗字の人がまとまってゐて、家族で詠んだらしいものもある。
笹岡末吉の一首、「たのしみは産土神に掲げたる寄附金札を眺め見るとき」が好き。お祭りや社殿の建て替へなどのときに、神社が氏子に寄付を募る。集まった寄付金は金額とともに掲示される。誰がいくら寄付したか、つい気になって見てしまふ。高尚な趣味ではないが、ひそかな楽しみといったところ。
本にまつはるものも多い。次はそのごく一部。
伊丹小夜子に
たのしみは髪を洗ひてヴエランダに朝日あみつゝ書をよむ時
太田秀穂に
たのしみは書斎の整理なし終りいと善き書(ふみ)を見出しゝとき
織田善雄に
たのしみは苦労の末に書き上げし論文しみじみ読みかへすとき
筧克彦に
たのしみは神の授けしふみを執り我としもなく書きしるす時
建部遯吾に
たのしみは著論(ふみ)書き了へて序をそへて筆をからりとおきにける時
武富秀文に
たのしみは書よむごとに幾何のしらざることを知りてゆくとき
上田伊都子に
たのしみは望み久しき新刊の書をやうやうに求め得しとき
柳原義光に
たのしみは気に入らぬ客人(まろうど)早くたち去りてひとりしづかに書(ふみ)をよむ時
浅野梨郷に
たのしみはめづらしき本みつけ出しおのが所有となし得たるとき
佐藤孝三郎に
たのしみは古の書読みすゝみ心心と相触るゝ時
「