佐久間啓荘「『幼学綱要』は古本屋で販売すべき書物ではない」

 読書の秋だから読書について。

 『大東文化學院創立過程基本史料』は尾花清編著。大東文化大学人文科学研究所、平成17年4月発行。大東文化大学の設立に関はる史料を集めたもの。カタカナ交じりの速記録が多くてとっつきにくい所もあるが、学問の意義や読書論について見るべきところがある。平仮名に直すなど適宜変更して引用する。大正11年3月の衆議院での漢学振興についての審議記録より、佐久間啓荘の発言。

 

青年が乱暴な事を言ひ、無法な事を言ふ今日、青年が電車の内などで読んで居るものを見ると、実に言ふに言はれぬ、見るに見られぬやうな雑書ばかり読んで一冊と雖も気の利いたものは見ぬ、さうして偶々言へば、西洋の事を言ふ、

  近頃の暴力的な青年は電車では、口にするのもためらはれるやうな雑書ばかり読んでゐる。仁義道徳を学ぶにはそれでは駄目で、漢学を学ぶのが一番だといふ。

   青年だけではない、古本屋も堕落してゐる。明治天皇がお示しになった『幼学綱要』を商売の種にしてゐることも批判する。

 

神保町の古本屋で幼学綱要を売って居るのを見た、広島でも私は古本屋で幼学綱要を見たことがある、此幼学綱要は学校に賜った書物であって、販売すべき書物ではない、それを今日は古本屋で売って居る、此位堕落して居ります、(略)私などは是等の書物は別に箱を造って蔵め、別に棚を拵へて丁度勅語と同じ扱をして居ります、

 

 明治天皇の書を売り払ってしまふなどといふのはけしからん。

 井上哲次郎総長への批判文書の一つに、皇學軽視の一項がある。井上は学科から古事記を全廃した。

古事記は書紀の史料として僅かに三月を以て編纂せしものにして、傳説神話を集めたる俗書のみ。或は偽書とさへ謂ふものあり、採るに足らずと。 

  古事記は俗書、偽書とみなされて、漢学にふさはしくないとしてゐる。これに対し元教授有志は「井上氏の皇典に対する見解は総て見当外れ」と批判する。

 漢学振興の議論中には、国学・皇典との関係をどうするかといふ論点が出てくる。漢学には中国の革命思想など、危険な考へもあるのではといふ危惧の意見も挙がってゐる。続く。