頭山翁の言葉で檄文の印刷をやめた齋藤静弘

 『真実を求めて』は齋藤静弘著、昭和51年7月、印刷堂発行。序は加部明三郎板橋区長、元駒本小学校長の武藤良吉、詩人の井上八蔵。家系図や集合写真、家族の近況なども載せてゐる。

 明治36年に群馬県に生まれ、大正10年上京して印刷会社、印刷堂を設立。修養歌で作ったカルタ、卓上で読書ができる姿態矯整器を考案してゐる。戦時中は夢のお告げに従って、汚物の汲み取りに奉仕。叔父は明治神宮賄部に勤める。

 二・二六事件の夕、懇意にしてゐた小出医院の先生から、印刷の依頼を受ける。

「君を男と見込んで頼みたい、決して迷惑はかけないから他人の手をかけず、君一人の手で拵らえてくれ。」と、出した原稿を見ると、軍の横暴に対し詰問する檄文である。それを印刷の上バラ撒くのだから是非頼むと言った。(略)寝もやらず思案している処へ、下の表戸をトントンと叩く音に降りて見ると、小出先生だ。

「迷惑をかけて済まん、実は先刻の原稿について平常慕っている御大、頭山満に相談した処、“そんなことをするな”と叱られたから取り止める、原稿を返してくれ。」と、聞いた時、ホッとして胸撫で下したのであった。 

 非常時にはいろんなことが起こる。