頭山翁に握手された田崎廣助

 『東洋の心 絵筆と共に八十年』(西日本新聞社発行、オリエント書房発売、昭和54年6月)は画家、田崎廣助の自伝。西日本新聞社の連載に加筆したもの。河北倫明らの原稿も載せる。
 田崎は明治31年、福岡の八女生まれ。洋行の資金を集めるため、新聞社で展覧会を開催した。そこに立ち寄ったのが頭山翁。

「僕の手の大きいことは有名だ。君が出世するように握手してやろう」
 といって、私と握手をしてくれた。頭山さんはその時しきりと、自分の手や指の大きいことを自慢しておられた。それが私には、有名な大物の政治家らしからぬ、稚気愛すべきしぐさにみえて、おかしくてしようがない。

 手が大きかったといふ証言は他では記憶にないが、新人画家を励ますために咄嗟に思ひついたのだらうか。やさしい。
 洋行に当たっては気になる記述がある。同じ八女出身の漢学者、柴田甲四郎に紹介状を2通書いてもらった。一通はモスクワの広田廣毅大使宛て。

もう一つの紹介状は、イタリア大使館の春木某という人物だった。こちらは、イタリアの独裁者、ムッソリーニに信頼されている重要人物ということだ。(略)
 春木さんは、私がパリについて、将来イタリア方面まで勉強のため足を延ばすさいに、何かと便宜をはかってもらえる実力者だということだった。

 ムッソリーニの近くにゐた実力者で名前に春の字がつくといふと、下位春吉が思ひ浮かぶがどうなのだらう。他の人はフルネームなのにここだけ春木某としてゐるのも記憶違ひのためではあるまいか。洋行中の記述には登場しない。