杉山晸勇「日本の国体を鮪に喩へるとよく了解(のみこめ)るだらう」

 『日本道を邁く』(杉山晸勇、日本精神宣昭会出版部)は奥付に昭和10年6月1日発行とあるが、11年5月25日印刷で、二・二六事件にも触れてゐるから11年6月の誤記であらう。
 巷にあふれた日本精神に関する出版物と一味も二味も違ふ。引用などは少なく、著者の独創的な表現や例へで構成されてゐる。
著者、杉山●(日+政)勇は親戚の家から無職の木月昇青年(31歳)を引き取った。木月青年を立派に更生させるために、杉山は日本精神を用いる。
 実際に生活するためには、杉山の知人の新案の文具、「八能台(仮名)」を売り歩かせる。八能台(仮名)を売るために営利至上主義では駄目で、「損して得とれ」式の方法を伝授。杉山と木月青年との試行錯誤で話が展開する。八能台(仮名)が具体的にどんなものか、本書では全く紹介されてゐない。それでも売れるといふのが趣旨なのだらう。
 仕事に魂が入らない時のため、「悪魔払ひの神楽歌」が5番まで伝授される。一といふ字が沢山出てきて、一(せかい)、一(にっぽん)、一(かみ)、一(すめらみこと)、一(さはやか)、二(ほろび)、二(はからひのみち)などと独特の読み仮名が振られてゐる。ちょっとラノベみたいだ。「二(あくま)が君の神聖な心殿を荒しに押し込んで来たら、この神楽歌を思ひ出すのだ」。
教育の現状も批判する。

這個の消息は日本の国体を鮪に喩へるとよく了解(のみこめ)るだらう。即ち当局者の鮪(国体)に関する知識といへば、食膳に上せられる切身(神勅神話)だけの知識しかなく、頭も尻尾もある鮪全体(国体)のことに就いては一向に御存知ないのだ。

或者は「いや鰯は不味い。科学的に観て、世界の動向は鰯(資本主義)から秋刀魚(マルキシズム)へ赴くのであるから、秋刀魚(無産者専制政治)を食ふべきである」と主張することにもなる。

 秋刀魚党の人(マルクス共産主義者)、鮪の宣伝(国体明徴運動)、鰯党(自由主義者)ともあり、比喩が多くてなかなか理解が追ひつかない。


裏表紙は「献」の一字