奥崎謙三「朝日新聞は最も保守反動」

 いつまで続くのか角栄ブーム。
 『田中角栄を殺すために記す 人類を啓蒙する手段として』(サン書店発行・有文社発売、昭和56年8月)は奥崎謙三の著。 表紙の肩書?は「殺人・暴行・猥褻図画頒布 前科三犯 神軍平等兵」。
 昭和天皇をパチンコ玉で狙ったことで知られる奥崎だが、そのほかにも田中角栄殺害、朝日新聞の渡辺雅隆社長襲撃も計画してゐた。
 第一篇は「朝日新聞は滅亡する」、第二篇「直木賞作家 井出孫六を利用する」、第三篇「ルポライター 立花隆をダシにする」、第四篇「福岡の仮寓でわれは復活する」、第五篇「阿魔作家 瀬戸内晴美を軽蔑する」の全5篇。
 そのあとに「奥崎謙三先生の思想と人柄について(原稿整理後記にかえて)」がある。これは編集者の山部嘉彦が書いたもの。奥崎の文章は支離滅裂で読みにくく、文意不明瞭で通読できないが、その理由を冷静に分析してゐる。

 まず、文の構造上の特徴としては次の三点が掲げられます。
�執拗なまでのテーゼの繰返し。
�形容過剰。
�ワンセンテンスが異常に長く、読点が異常に多い。
 これらの特徴はみな、先生自身の<快感>に直接結びついています。�のしつこさ、�のくどさ、�のブツブツと切れる間に対する愛着、は私のような軽挙妄動タイプの人間には到底理解できませんから、原稿整理をしていて、これらの特徴を次々に容赦なくカットしていくわけですが、先生に整理稿を渡しますと、当初はOKが出るのですが、何度か読みなおすうちに殆ど全部が復活してしまい、時には草稿にもましてくどくなることもありました。

 なるほど全部で613�もあるが重複や冗長なところがあり、半分にも3分の1にも圧縮できさう。
 それでも普通に読めるところもあるので読んでいくと、奥崎が朝日新聞を敵視した経緯が分かってくる。奥崎の選挙広告・放送に対し、毎日新聞とNHKは無条件で許可してくれた。ところが朝日新聞は2回も拒否した。奥崎には許せないことだった。

朝日新聞が日本の新聞の中で最も保守反動であり、天皇的、帝国主義的、アナクロニズムであり、朝日新聞が日本の新聞の中では、憲法が保証している、言論と信教の自由を、最も無視した新聞であり、「検閲してはいけない」という憲法の条文に対して、朝日新聞が最も不忠実な新聞である

 と指弾してゐる。朝日糾弾のため、読売を持ち上げてゐるところもある。

読売新聞よりも発行部数が少なくなりましたのは、朝日新聞が崩壊する前兆の一つであり、私からかくの如く弾劾されることになりましたことも、また朝日新聞が崩壊する前兆の一つであります。天皇ポルノビラを撒いて、小菅の東京拘置所に在監していた二年間に、読売新聞と巨人軍の大嫌いな私が購読いたしました新聞は他ならぬ読売新聞であり、朝日新聞は二年間に二ヶ月しか購読いたしませんでした。その理由は、朝日新聞の紙面に朝日新聞の奢り高ぶる姿勢が見られたからであります。それが私の独断と偏見でないことを証明するものが、即ち、東京拘置所に在監している未決囚の殆どが読売新聞を購読している、という事実であります。

 東京拘置所では読売新聞が読まれてゐたのか。これも娑婆の縮図の一つであらうか。
 「私は趣味や道楽でこのように朝日新聞を弾劾しているのでは決してない」「朝日新聞と私にとって大きなプラスとなり、ひいては全人類にとって大きなプラスになる、と確信する」ともあるやうに、本当は読売よりも好きな朝日に反省してもらひたいといふ気持ちのやうだ。
 渡辺社長の乗った車を大斧でスクラップにする計画を練ってゐた奥崎だが、たまたまテレビで田中角栄を見て、殺害しようと標的を変更。上京して偵察したり、立花隆に手紙を出したりする。
 奥崎の文章には人類とか神の法とか、本当に正しい法と秩序とか、誇大妄想的な表現が多い。自分一人が目覚めてゐて、他人を見下す優越心や選民思想が見て取れる。宗教を醜狂、人間を毛なし猿とも言ってゐる。「人世並み盲い狂いし故殺む ゆえに眼開きぬ他は未だ近視」てふ和歌も詠んでゐる。奥崎謙三は「奥先見象」だと解説し、自分だけ奥が見えているのだといふ。
 頭が痛くなって、ふと巻末のアンケートはがきを見ると、設問に「田中角栄を殺して是か?非か?」、解答欄に「a.是 b.非 c.わからない」とある。これを聞いてどうするつもりだったのか…。
 

・TVブロスに悠久堂。ていふかドラマの舞台なのね。