続き。豪傑飯屋に続いて「美人記者の料理店」で紹介されてゐるのが元新聞記者、下山京子とその築地の料理店、一葉。鼓を持った写真もある。
『実業之世界』記者に対する下山の受け答へは粋なものばかり。
『私はもう噴火しない死火山ですよ、さらりと過去の生涯は捨てゝ了つて、妙なことには、此頃は静かに静かに、仏信心などがしたくなつてきました。』
野依社長は大々的に求婚広告を出したことがあり、同時に大阪に来て、下山に結婚を申し込んだといふ。
『妾もヒョットしたら、行つてみたい気になつたかも知れません』といふ、何故行かなかつたかと尋ねると『でも阿母さんが、アンナ狗の子でも貰ふやうに思つてゐる人には行つては不可ないと、それはそれは八釜敷かつたのです』は何処までも変つた女なり。
求婚広告が飼い犬のやり取りみたいだから駄目だと、母親が反対した。それで京子本人もやめたといふ。京子本人の気持ちはなんだか曖昧だ。
「世の中は、何と言つても一金二金三金」といふ京子。
『結婚した事はないのですか、如何です結婚しては!』と矢継早に攻立てると、皮肉な笑を片頬に浮べて、秋の一葉を彩つた封筒を取出して、『笑而不答』と筆走らせる。
質問者に攻められると、笑って答へずに「笑って答へず」と筆で書いて渡した。この機転とあしらひ方がいい。誌面にはその書の写真が載ってゐる。流れる筆致で、笑と而の間が連綿してゐる。署名は「下山きやう子」。