朝日平吾の墓参りをした頭山翁を問責した安法探

 












 
『失敗者の言』は昭和17年8月の発行。書物展望社の発行だからか、装丁が御洒落に見える。著者は安法探。もちろんアンポンタンのもぢりだらう。巻頭に眼鏡の著者近影があるが、署名はやはり安法探。
 弁護士の鵜沢総明を恩師としてゐるが、詳しいことは韜晦してよく分からない。豊津出身のやうだが、頭山翁と同じ故郷ともある。新潟にもよく行ってゐる。
 内容は短い随筆と俗謡、俳句を集めたもので、後代から見ると少々要領を得ない。序に「何も彼も失敗だらけの僕に、恥な伝記でもあるまい」とあって、書名にも失敗者とあるけれども、具体的な失敗は書かれてゐない。
 日本精神を重んじたやうで、ムッソリーニの黒シャツ隊は日本の白虎隊に啓発されたものだと主張してゐる。

 よし!俺は白虎隊の精神を白の反対で黒、黒シャツ隊としてあの後進の国ではあるが、あの素晴しい東亜の小国の、あの精神をとつてその魂としよう。

 ムッソリーニはさう思ったに違ひない、と想像を逞しくしてゐる。

 「頭山満翁に喰つてかゝる」は、頭山翁を問責した話。大正10年9月28日、安田財閥安田善次郎を刺殺し、自決した朝日平吾。その一周忌に、頭山翁が朝日の墓参りをしたといふ新聞記事が載った。安法探はこれに怒った。

 資本家に対する下らぬ反感から、安田の横死を、当然かの如き筆致を以て国士頭山翁の行為を称揚するかの如き記事ぶりである。

 先生、先生は朝日兵〔平〕吾の行為を善なりと、肯定したのですか。それは筆者が、怒気を含んで、翁に第一に浴びせた言葉である。

 頭山翁の「さう叱らんでくれ。別に意味はない。只浪人仲間だから、仲間としての墓参であつた」といふ返答を受けて、引き揚げてゐる。

 安法探は実業界にも一家言あるやうで、その点からも朝日の行為が間違ってゐたのだと思ってゐる。「朝日の行動は労働者を救ふにあらず、労働者を失職に導きたるものである」。

 
 安法探を名乗り失敗者を自認するなかにあり、怒りが余計に浮かび上がる。