救心の広告塔になった伊藤東一郎翁

 110歳で富士登山を敢行したことで世間を賑わせた百十翁こと伊藤東一郎翁(その後年齢の計算違ひが発覚したとか)。『婦人と修養』(婦女界社)の昭和13年9月号の広告ページに、「日本一の心臓」と題して大きく取り上げられてゐる。登山姿は背筋が伸び、右手に杖、左手に「百十歳 伊藤東一郎」と墨書した菅笠を持ってゐる。
 
 本文の見出しは「百十歳翁の富士征服 脚や心臓は四十台 高齢登山記録を破る伊藤翁」。

 

 日本最高年齢の選手権者‐百十歳の伊藤東一郎翁は、七月十日の山開きの日を選んで七十二歳の岩村俊武中将と共に、六根清浄を唱へながら御殿場口から富士へ向かつたが、途中いさゝかの疲労も見せず、若い者を尻目に元気一ぱいで頂上を極めて十二日下山した。
 翁に健康法を尋ねると『長生きの秘訣は物事にクヨクヨ心配をしないこと。暴飲暴食をせぬことだ。そして心臓と胃腸が丈夫でなければならぬ。その意味で「救心」を持薬にして居り富士登山の際にも持参した。私の脚や心臓は四十台の人間と同じなんぢや、この分なら今二十年位は生きられるよ』と大気炎。
(付記)『救心』は麝香を始め数種の貴重動物のホルモン綜合薬で、心臓の強壮薬として評判である。
 愛読者には『救心』二日分一人一回限り無料頒布される由。堀救心本部は東京市京橋区西八丁堀二丁目十五ノ三である(筆者)

 これはさぞ広告効果があったのではないかしら。
 でもこれ実際は、「救心」を持参したことを知った関係者があとから談話を作ったとか、或はそもそも全くの事実無根とか、さういふこともあり得るのではないかと思ふ。