オーストラリアを日本に譲ってもいいと言ふアーノルド・リース

 藤澤親雄の『欧洲最近の政治動向』(昭和12年、教学局)は硬い題名だけれども、中身は国民精神文化研究所嘱託の藤澤の欧州見聞記。訪問した英独伊はどこもファシズムが盛んだ。
 イギリスでは5月12日のジョージ6世の戴冠式を見学。久米正雄と10ポンド・170円の桟敷に陣取った。王制支持のパンフレットは功利的な機関説ばかりで驚く。
 イギリスのファッショ団体は二つで、一つはザ・ブリティッシュ・ユニオン・オブ・ファッシスツ・アンド・ナショナル・ソシアリスツ。1932年創立でリーダーはサー・オスワルド・モズレー。夫人はロード・カーゾンの娘でユダヤ系なので反ユダヤを控へてきたが、若手に押されて反ユダヤになりつつある。デモクラシーが嫌ひで、党員には黒シャツを着せてゐる。評論家のチェスタトンは彼に共鳴して協力してゐる。
 もう一つの団体はザ・インピリアル・ファッシスト・リーグ。首領はアーノルド・リース。ユダヤ人を排撃し、全部マダガスカルに隔離しようといふ。
 藤澤は二人と会見。リースの主張は極端なもので、

イギリスがオーストラリヤのやうな所を持つて居てもこれを利用しないといふことは甚だ怪しからぬことであつて、これは場合に依つては日本に御譲りしても宜しい、自分が政権を取つた時にはさうしようといふやうなことを言つてゐた。リースの運動はドイツのナチスに非常に近いのであつて、その間には相当の連絡もあるやうに思はれる。この団体は相当沢山のパンフレットを出して居るが、その一貫せる主張は総ての現在に於ける悪事は全部ユダヤ人から出て居るといふのである。これは私共にはちよつと理解し得ないことであるが、研究すべき問題であることは事実であらう。

 藤澤は意外に冷静で、独伊との連携についても「何もイギリスとかアメリカとかフランスを除け者にするのではないが」と一言を挟んでゐる。「日本は所謂現状打破国の一員として対立的に或は対抗的に現状維持国をやつつけるのではない」、道義国家として、もっと大所高所からそれぞれの立場を生かすべきだといふ。

 ドイツのボンのオリエンターリシェス・ゼミナールでは松本徳明が大乗仏教を教えてきたが、其処の所長のカーレ博士は、日本の独自性に疑問を持ってゐた。藤澤が日本の国体について講演して、その考へを改めさせることができた。
 一体にドイツでは日本精神への関心が高かったが、今までは自由主義的な学者ばかり来独した。独伊ではもっと日本主義的な学者を送ってくれと要請された。

今のドイツではヒトラー総統をはじめ要人達は日本の国体を非常によく知つて居る。例へば警視総監のヒンムラーの如きは神社の研究家として名を知られて居る人であり、兎に角日本を非常に尊敬してゐる。

 ゲッベルスからは耳の痛いことを言はれた。日独防共協定調印のとき、ゲッベルスドイツ国内で日本を悪く言ふのを徹底的に弾圧した。

ところが日本は、精神文化の国とか君子国とか何とか言ひながら、之に誠意を示さず輿論が区々で政府はそれを抑へなかつた。これは実に遺憾のことと思ふと言つてゐた。