下位春吉「デンマークこそ、まことに詩の国、民謡の国」

 『政界春秋』の昭和9年4月号に下位春吉の「ストークの春―農村デンマーク―」といふ随筆が載ってゐる。訪れたことがあるやうな書きかたで、デンマークの農村と人々に共感を寄せる。

クリスチナ、インヂマン、ブローソン、スグルンビークなどと云ふ詩人たちは、この春の野を心ゆくばかりの情緒で謳つてゐる。デンマークこそ、まことに詩の国、民謡の国である。そのさまざまな民謡が村から村、山から山へ唄はれてゐる。

 と、日本人には馴染みのない詩人のことも知ってゐる。ストークとはナベヅルのこと。該地では春を告げる鳥とされてゐる。またコウノトリのやうに、人間はこのストークが持ってくるものと信じられてゐた。民謡の歌詞も引用してゐるので、下位はやはり詩に関心のあったやうに見える。 

 デンマークの農民は教養がある。その上に決して我国のやうに退嬰的な、消極的なところがない。
 一人が唄ひ出せば三人、五人と和唱して、天真そのまゝ、たちまち居合はした人達の和唱となる。
 支那あたりの影響で、深刻にはなつたが日本の農民も神代時代にやはり斯うした健かさをもつてゐたらうと思ふ
 何とかして、日本の農民にも、斯うした春の健康美を与へたいものである
 労働を忌避せぬ。美しい心持を、歌に踊りに―大地を踏みしめ人生を楽しんでゆく姿こそ、美しく尊い

 下位の理想は、このやうな歌と踊りに満ちた、大らかなデンマークのやうな国、支那の影響がまだ及ばない神代の日本にあった。ファシズムに見たのは、その生命力、青年の若々しさにあったのであらうと思ふ。

 ちなみに同号には、7年前に下位を見送った安藤正純の「国民思想の根本対策」といふ国会質問も載ってゐる。 

最近台頭した「ファツシズム」に対しましては、其思想体系がどんなものであるか、碌々究めないで、之に耳を傾くる傾向があるのは、是は国民の本能的意識の潜在と云ふことも多少の力はございませうが、実は国民から絶対の信頼を受けて居る其の背景が良かつた故であらうと思ふのであります(拍手)
 「フアツシズム」の動機は祖国愛もありませう、民権擁護もありませう、動機は如何に良いと致しましても、之を政治に実現する場合には、憲法中止の政治となるのでございます。「ファッシズム」の人々は左様に考へて居ないかもしれないが結局さう行くより外に致し方がありませぬ、然るに近来頻りに此「フアツシズム」を謳歌して、我国に専制独裁の政治を行はんと策謀する者があるのであります、是は徒に二三外国の独裁政治に模倣せんとするものでありまして、歴史を異にし国情を異にして居る我国に之を適応せんとすることは、無謀の甚だしいものでありまして、我国の伝統を破壊し、立憲政治を破壊するものと謂はなくてはなりませぬ(拍手)

とあって、明確にファシズム反対の論陣。安藤は下位の事が念頭にあったのであらうか。
 今日は下位春吉の命日。