北署吉「今日の野球熱の勃興は大に呪詛すべきである」

 『現下の諸問題 是非対抗熱弁集』は雄弁の昭和6年新年号の別冊附録。25のテーマについて賛成反対を論じてゐるので、総勢50人が登場する。芸者有用無用論では芸者撲滅論が高島米峰、芸者有用論が松崎天民。年賀状廃止の可否については廃止論が棚橋源太郎生活改善同盟理事。対するのは杉浦非水。杉浦にとっては賀状廃止の方が生活に関はることだらう。
 野球大流行の是非では野球礼讃が矢口達早大教授、野球亡国論が北署吉。明治の野球害毒論よりも甚だしい。北は「如何はしい野球選手のサインを不動尊のおみくじの如く崇め、野球選手の写真を俳優の写真の如く大切がる不良女学生に至つては、熱病患者か、変質遺伝者と評するの他はない」といふ。「今日の野球熱の勃興は大に呪詛すべきである」。
 亡国論の主な理由は野次が多い事と米国由来であること。体を動かすことはいいが、野球は実際は野次ばかりで、体を鍛えることにはならないといふ。

現代日本は思想は露国に、趣味は米国に余りに多く蚕食されて居る。現代日本は思想的にも、趣味的にも、属国的である。欧洲よりの新帰朝者の眼には、日本は米国の属領地の外観を多分に持つて居る。現に米も英も仏も独も野球は決して流行しない。伊太利のムツソリーニは漸く流行しかゝつた野球を、米国由来の故に、趣味の米国化を防止する意味にて之を厳禁した。

 「僕の野球亡国の思想はムツソリーニに先立つ十数年である」ので、一貫してゐる。ムッソリーニの件は本当なんだらうか。
 学校野球の弊害も指摘してゐる。

学校の広告にまで利用せんとする。野球の興業化は斯くして生ずる。此の点に於て、日本の諸大学は米国大学を学びつゝ、更に米国よりも下品となつて居る。欧洲のカフエーが日本に輸入されて一層堕落した如く、米国の野球も日本に来つて更に悪化した。
 野球は都会人の野次化、日本の米国化、学校の商品化の為めに、日本に最大級の害悪を来しつゝある。