杉田有窓子「その際にお伴を仕りたい心境である」

『天の窓 杉田有窓子詩文集』は東海日日新聞社、昭和47年1月発行。序は宇垣一成。杉田は明治40年豊橋生まれ。同社の前身、東三新聞を創刊した。戦後間もなくからのものをまとめた随筆は2段組みで情報量が多い。岩下壮一神父を描いたもの、財団法人光明…

横井時常「悪い縁起はない」

『ツキをよびこむ 縁起の本』は横井時常著、すずらん書房発行。昭和50年5月15日初版発行で手元のものは51年7月30日の5版。カバー装幀高橋雅之、本文イラスト上田武二。 手元のものは献呈の和歌付き。「吾が言葉校正もみずなりしふみ後の祭りとな…

林銑十郎「大部分がインチキだねえ」

『孝子・林銑十郎』は鍋田勇吉著、光輪閣、昭和45年9月発行。光輪閣叢書6。縦長でビニール装。著者が直接体験したことを中心に、林銑十郎の姿を生き生きと描いた。70頁と分量は多くないが、どの逸話も公式には伝はらなさうな裏面史ばかりで面白い。 …

佐伯郁郎「詩は燃焼した感情の頂点をとらへたものである」

『みくにの華』は大日本傷痍軍人会発行の機関誌。月1回発行の12頁建て。傷痍軍人へのお知らせや相談欄などがあり、桜井忠温が読み物を寄せたりしてゐる。 文苑のページでは俳句と短歌と詩を募ってゐる。選者はそれぞれ水原秋桜子、杉浦翠子、佐伯郁郎。 大…

五月に詠める歌三首

新しきすめらみことの大御世に 薄葉透かして日の照り通る 皇恩の十の休みと知らぬがに 外つ国に発つ人のさはなり まめ人のいたつき癒ゆる日のもがも 垂るゝ恵みに漏るゝしづくよ

川崎に計画された義士神社

『日本義道会趣意書』は10ページほどの冊子。奥付はないが、文中に皇紀2596年8月とあるので昭和11年以降の発行。 かつて、赤穂義士の大石良雄が討ち入り前、川崎の平間村に家を建て、同志糾合の場所としたという。日本義道会はこれを記念し、各種の…

『神ながらの道』しか読んだことがない小原さん

佐藤勝治『宮澤賢治批判 賢治愛好者への参考意見』は十字屋書店発行、昭和27年12月発行。発行元は現在は神保町の新刊書店。 佐藤はもと宮澤賢治の研究者で法華経の信仰者だった。しかしこの書は一転して、賢治への批判をぶつけてゐる。その論点は、賢治…

広瀬喜太郎「わたくしは一種の戦慄をおぼえる」

続き。明治39年、広瀬喜太郎が中学二年生だったときのこと。当時富山・高岡に図書館がなかったことを残念に思ひ、先生にその必要性を訴へた。念願かなって図書館が出来ることになり、開館式にも招かれた。 わたくしは異常の感激を覚えた。ああ図書館―夢に…

蘇峰宗の洗礼を受けた広瀬喜太郎

『暁堂感銘録』は広瀬喜太郎の回顧録・随筆集。昭和43年11月、限定700部発行。巻末の人名索引も含め全384ページで、手に持つとずしりと重い。 広瀬は富山・高岡の出身。教師の書いたものは堅苦しいものが多いが、この書は人間味があふれて読者を飽…

正真正義「アメリカは日本が作った」

正真正義『綜合帰一の新日本の創造』は国民思想指導原理研究会発行。手元のものは昭和13年1月の3版。 12年8月の再版の辞が載り、6月の初版発行時のことを回顧してゐる。 本書は理論上からも実際上からも相当の研究を重ねたものであるから、研究不足…

精神研究会地方委員だった補永茂助

『精神療法案内書』は古屋鐵石の設立した精神研究会の冊子。大正9年2月、20ページ。表紙には明治天皇御製を8首掲げる。人の心の大切さを説いたもので、天皇の権威を借りて、会が怪しくないものであることをアピールしてゐる。右に「生活安定の道此書に…

望月紫峰「水戸は、志、天下にある人々のエルサレムでありました」

『新時代の式辞演説』(中山明編著、帝国書籍協会、昭和6年)の函と本体には、馬のやうな虎のやうな、王冠を被った奇怪な動物が描かれてゐる。長い舌が本の内容を表してゐるのかもしれない。 新年の宴会や開店披露、忘年会、入学、卒業、弔辞など、様々なあ…

泰爆公園設立を提唱した佐々木照山

暖かいから桜が咲いた。 『日本及日本人』昭和7年3月15日号(第245号)は三勇士留魂号。爆弾三勇士に対する感想を68人から集め、三勇士を永久に祀る方法などを聞いてゐる。 葉書回答は短い場合が多いが、この特集は長文のものも多い。記念の郵便切手…

小室直樹「それならお前のところの総長を真先に殺せ」

戸松慶議の団体はいくつかあり、1つは「国乃礎」。『神道の手引書』を暫定的に「教典」として、日本全国の市町村、神社に各一人の理解者を発見し、神道研究会をつくる。「日本協会」は頭脳集団で組織し、政府や政党を動かす実力組織だといふ。もう一つが「…

暉峻義等「これは明瞭な事実であります」

1月は正月休みのあとに必ず3連休がある。優しい。 講演の友社の『講演の友』昭和14年6月15日号は第155号。5月2日に開催された銃後健康報国大講演の様子を収める。主催が厚生省・東京市・東京府・警視庁のちゃんとした大会。 「長期建設下の体力…

楠正人「楠族を抹殺せんとする陰謀家が少くありません」

『菊水』は湊川神社の社報。1・3・5・7・9・11と年6回、奇数月の発行。内容はご祭神の楠木正成のこと、楠木家の系図、楠公を慕った人物、楠公を扱った書物、社頭の出来事、人事異動など多岐にわたる。1部12銭。 昭和十年代のものは5段組みで12…

女郎屋の主人になった中江三吉

続き。『向上』主筆の宮田脩は同号に「青楼に近江聖人の後裔を訪ふ」も載せてゐる。蓮沼門三から、近江聖人こと中江藤樹の子孫が女郎屋の主人になったといふ話を聞いた宮田。早速横浜に、その中江三吉を訪ねた。 電車を下りてからの風景と心の描写が秀逸。 …

宮田脩「野依秀市は沙漠のオアシス」

修養団の機関誌、『向上』。明治45年5月号の第5巻第5号に、横山三義「野依君は果して吾等の学ぶべき人物か」が載ってゐる。目次では「野依氏は果して吾人の学ぶべき人物か」。 蓮沼門三から「野依は奇狂な点もあるが珍らしい人物である交際して趣味のあ…

山口二矢神社建立を計画した高津大太郎

「“山口二矢神社”建立計画」といふ記事が『アサヒ芸能』昭和35年11月20日号に載ってゐる。本誌・大歳成行の署名。 3ページのうち、はじめに山口の眼鏡のない遺影、護国烈士山口二矢君国民葬儀実行委員会事務局と治安確立同志会の表札がある事務所の写…

正富汪洋「断じて負けてはならない」

『歌集 やまとたましひ』は岡山出身の詩人・歌人、正富汪洋の著書。昭和19年3月、詩と歌謡の社刊。質素な装丁で著者名は表紙になし、背と奥付のみ。書名は表紙・背・扉がやまとたましひ、奥付のみ、やまとだましひ。 昭和18年7月付の自序を読むと正富…

宮林得三郎「零点以上に評価される気遣ひのない私」

宮林得三郎『戦時下の世相に対して私は斯く叫びたい』は昭和13年11月、京城での刊行の小冊子。非売品。表紙に「自由主義的個人主義思想を排撃して国家全体主義思想高潮運動を提唱す」ともあるので、著者の主張が分かる。 手元のものには「この小冊を江湖…

清水八十治「こんな旨い物ばかり食べていたら、人間は堕落してしまうぞ」

『八十路 人々の縁に支えられて』は清水八十治自分史編纂委員会編、平成14年4月刊。清水八十治は自分の名前から、八十二歳まで生きることを目標にしてきた。念願かなって改めて生涯を振り返りまとめたのがこの書。 世間的には、吉田茂の秘書として長野か…

水原兵衛「余りに悲しむべき世の様にあらずや」

『日本及日本人』大正15年11月1日号、第111号には、井上哲次郎の不敬著書問題を糾弾する文章が多数収められてゐる。井上の著書『我が国体と国民道徳』に国体の尊厳を冒瀆する箇所があるとして、頭山翁らが運動したもの。 無記名論文「滔天の悖逆は其…

本が好き過ぎ鍛冶忠一

『とりもの随筆 お天気博士言行録』は日本出版販売の鍛冶忠一の著、学風書院、昭和30年8月。高橋ゆり装丁。 表紙、奥付などはサンズイの治、本人の「おひとよしの言葉」(序にかえて)はニスイの冶。 本にまつはる随筆集。著者は本の取次業なので本が売れ…

野間清治「『思想善導』たゞ四字であります」

『野間会設立につき 全日本の人々に告ぐ』は昭和7年5月26日に帝国ホテルで行われた、野間会発会式の様子などを記録した冊子。野間会は野間清治の信念を世に広め、思想を善導し、社会を浄化し、皇国の隆昌を図り、新興日本を建設するのだといふ。 野間の…

加藤美侖「よいものは何万年経ってもよい」

『三大聖勅謹解』の表紙には摂政殿下台覧、若槻礼次郎推薦、岡田良平推薦、高田早苗校閲、遠藤隆吉校閲とあるが、著者名がない。表紙をめくった扉にやうやく著者、加藤美侖の名が現れる。現代のムックの形式のやう。 奧付には大正14年12月、第5版のみの…

自由党院外団に入った木内豊助

続き。『わが半生 10人集』は靴業界人の半生をつづったもの。靴業界に入る前の経歴にも面白い人がゐる。 村田金一は明治41年生まれ。「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助の後援会、「松栄会」に入会。機関誌月刊『富士』の編集をしてゐた。毎号1000部…

昭和天皇に靴を献上した磯畑弘太郎

『わが半生 10人集』は靴商工新聞社、昭和47年1月発行。非売品。磯畑弘太郎、大沢義雄、荻津完、木内豊助、佐藤儀三郎、菅沼操、春田余咲、藤原勉、宮崎伊助、村田金一の10人が自らの半生をつづってゐる。すべて明治生まれの靴業界の長老。もとは靴商…

作田荘一「帝国大学は鵺的存在であった」

作田荘一『戦敗れて道明かなり』は昭和27年11月、日新社発行。『祖国』『桃李』などの文章をまとめたもの。はしがきでは、新聞が作田のことを右翼の黒幕だと書いてゐることに触れてゐる。 私如きに踊らされて動くやうな人は一人もゐないだらう。(略)せ…

『大衆人事録』の予約営業をしたピストン堀口

露木まさひろ『興信所 知られざる業界』(朝日新聞社、昭和56年1月、のちに文庫化)読む。表紙の迷路図は安野光雅、装丁前島敏彦。いかがはしい人ばかり出てくる。面白くてため息をついた。 関係者へのインタビューや臨時入所もまじえて、興信所業界の実態…